2011年1月5日水曜日

出生体重と成人期の高血圧~胎児起源仮説~

今回は、出生体重と成人期の高血圧との関連について紹介いたします。


生活習慣病を予防するためには、いつから生活習慣に気を付ければ良いのか
私たちの研究は、成人期における高血圧や糖尿病などの生活習慣病の発症をいかに予防するかということをテーマにしています。
それでは、我々はいつから生活習慣に気を付ければ良いのでしょうか。
「成人期での発症を予防するためには、その前の青年期から注意しなければいけない。」「いや、それでは遅い。体が出来上がる思春期頃から気を付けるべきだ。」「最近では、子供たちの肥満も問題になっている。基本的な生活習慣は幼い時に身につくものであり、もっと早くから気をつけたほうが良い。」
一体、どこまで遡ればよいのでしょうか。
ゲノム医科学の発展により、生活習慣病の発症に関与する多くの遺伝子が見つかっていますが、遺伝子を変えることはできません。

それでは、成人期の生活習慣病に関連する要因の中で、最も早い時期から変えることができるものは何か。
私たちは、出生時の発育状態すなわち胎内環境の指標として出生体重を用いて、生活習慣病の一つである高血圧との関連を検討しました。


出生体重が低い人ほど高血圧になりやすい
平成14年に実施した生活習慣に関するアンケート調査で、出生体重をご回答いただいた3,107名(男性2,303名、女性804名:年齢35-66歳)の方を対象に、出生体重と高血圧の有無との関連を検討しました。

出生体重を2,500g未満、2,500以上3,000g未満、3,000g以上3,500g未満、3,500g以上の4群に分類し、高血圧の人の割合を比較しました。
収縮期血圧が140mmHg以上または拡張期血圧が90mmHg以上または高血圧の治療中の方を「高血圧者」と定義すると、その割合は、出生体重が2,500g未満の群は28.0%、2,500以上3,000g未満は26.1%、3,000g以上3,500g未満は22.8%、3,500g以上は19.4%と出生体重が低い群ほど高血圧の人の割合が高い傾向がみられました。
さらに、年齢、性別、喫煙状況、高血圧の家族歴など高血圧の発症に関連するといわれている要因を、統計学的に考慮して、背景に差がないようにしました。
※オッズ比(出生体重が2500g以上3000g未満を基準にした時に、それ以外の出生体重の群の人が何倍高血圧を有しているかという指標)。
図1
その結果は、図に示しますように、高血圧の人の割合は、2,500以上3,000g未満群を基準とすると、2,500g未満群は1.26倍、3,000g以上3,500g未満群は0.89倍、3,500g以上群は0.70倍となり、年齢や性別などに関係なく出生体重が低い群ほど高血圧の人の割合が高い傾向がみられました。


従来の生活習慣病に関する多くの研究では、発症にかかわる生活環境や生活習慣を出生以後のものとして認識してきました。
しかしながら、諸臓器の形成、発達の初期過程においては、子宮内での環境が重要な規定因子であり、胎内で受けた影響が小児期、青年期には顕著でなくても、その後の生活習慣と相まって成人期の生活習慣病発症へと繋がると考えても不自然ではないと考えます。

それでは、今回の結果をどのように解釈し、今後に生かしていくべきでしょうか。
当然ですが、遺伝子同様、今更出生体重を変えることはできませんので、「出生体重が2,500g未満だった方は、生活習慣により留意してください」ということが一つです。
生活習慣病予防対策の観点から考えると、現時点で胎児期の環境がどれ程成人期の生活習慣病発症に寄与しているかは定かではありません。

しかしながら、どの時点まで遡って予防対策を考えていくべきか、これらの結果は重要な示唆を含んでいます。
現在、我が国の平均出生時体重は減少傾向であり、これは高齢出産や不妊治療による低出生時体重児、多胎児の増加、あるいは妊産婦を取り巻く環境の変化(青年期のダイエットから続く妊娠期の体重増加不良、喫煙など)などが原因と推測されています。
図2
それゆえに、今回の結果は少子高齢化時代における将来の生活習慣病の予防に新たな視点を加えるものであり、母子保健対策の重要性を示していると考えられます。

妊娠中及び出産後も働き続ける女性が増えている昨今、働きながら安心して子供を産み育てることができる環境を整備することは大切です。
「胎内での環境が人の一生の健康を左右する可能性がある」という今回の結果が、「次世代のために我々が出来ることは何か」を考える契機になればと思います。(玉腰浩司)


[書誌情報]
Tamakoshi K, Yatsuya H, Wada K, Matsushita K, Otsuka R, Yang PO, Sugiura K, Hotta Y, Mitsuhashi H, Kondo T, Toyoshima H.  Birth weight and adult hypertension: cross-sectional study in a Japanese workplace population.  Circ J. 2006; 70(3): 262-7.

玉腰浩司,八谷寛,大塚礼,和田恵子,張恵明,豊嶋英明 「出生時体重と成人期の生活習慣病との関連-胎児期起源仮説-」 『現代医学』 2004; 52: 321-325.

0 件のコメント:

コメントを投稿