2011年1月6日木曜日

αリノレン酸の摂取によるインスリン抵抗性予防的効果

はじめに
食物には種々の栄養素が含まれていますが、摂取する栄養素の種類によって健康に与える影響が異なるかもしれないことがわかってきています。
さて、栄養素は、炭水化物、タンパク質、脂質に大きく分類されますが、さらに細かく分類することも可能です。
また、分類の仕方にもいろいろあります。例えば、脂質は植物由来と動物由来にさらに分類したり、化学的な構造によって分けたりすることも可能です。

図1には、脂質という栄養素をその化学構造によって分類した模式図を示しました。
今回とりあげるαリノレン酸は、n3系不飽和脂肪酸(注1)という構造をもった脂質の一つです(注2)。n3系不飽和脂肪酸にはαリノレン酸の他、魚油と呼ばれ、イワシやサンマなど脂ののった魚介類に多く含まれるえるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)があります。αリノレン酸は、大豆などの豆類や菜種、シソ、エゴマや亜麻仁(アマニ)からとれる植物油に多く含まれています。

(注1) ω(オメガ)3系不飽和脂肪酸、あるいは長鎖不飽和脂肪酸などと呼ばれることもあります。
(注2) 脂肪酸は、脂質を構成する主要成分です。



インスリン抵抗性とは
聞き慣れない言葉ですが、実はこのインスリン抵抗性が種々の生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症など)の基礎となる病態と考えられています。

インスリンは血糖値を一定に維持するためにすい臓で作られ、血液中に分泌されるホルモンで、血液によって運ばれて他の臓器に到達し、血糖値を下げるためのいろいろな働きを引き起こします。
肥満や内臓脂肪の蓄積が進むと、インスリンが血糖値を維持するために作用する肝臓や筋肉などが、インスリンに対して鈍感になることがわかっています。
その結果、すい臓はそれを補うためにたくさんのインスリンを分泌して、血糖値を正常範囲内に保とうとします。

しかし、結果として多量に分泌されたインスリンは、別の機構を通して血圧を上昇させたり、脂質異常症を引き起こしたりなど、望ましくない結果の原因にもなってしまうのです。
つまり、インスリン抵抗性を源にメタボリック症候群がもたらされ、やがて心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性疾患の発症にも大きく関与します。

今回の研究の目的
メタボリック症候群や生活習慣病の発症の根本にあるインスリン抵抗性を改善することは予防医学の観点から重要な意義があり、公衆衛生学的にも健診制度の変革に繋がりました。
インスリン抵抗性の発現に肥満が大きな役割を果たすことは周知の通りですが、運動不足や喫煙、そして食事中の栄養素の状況によっても生じることがわかっています。例えば、脂身の多い肉類やバターなどに多く含まれる飽和脂肪酸という脂質の過剰摂取とインスリン抵抗性の関係が報告されています。しかし、植物油に多く含まれるαリノレン酸とインスリン抵抗性の関係はまだよくわかっていません。

そこで今回、平成14年に行った食事に関するアンケート結果から推定したαリノレン酸の摂取量と保存した血清から測定したインスリン抵抗性の関連について検討しました。

研究の方法と結果

平成14年のアンケート調査にご協力頂いた方々のうち、糖尿病や高血圧で治療を受けておらず、過去に心筋梗塞、脳卒中、がんの既往のない3,383名の方(男性2,652名、女性731名)を今回の解析の対象としました。
その方々全体の平均年齢は48歳、平均の肥満度(BMI)は23kg/m2でした。また、表1に示したように、インスリン抵抗性のある人はない人に比べ年齢が高く、肥満度も高値で、さらに身体活動ありの割合が低いという特徴があることもわかりました。

次にαリノレン酸の摂取量によって対象者を4つのグループに分けて、それぞれの群でインスリン抵抗性の割合を調べたところ、αリノレン酸の摂取量が多くなるにつれてインスリン抵抗性を持つ方々の割合が低くなっていることがわかりました(図2)。
この関連は、インスリン抵抗性に関係する年齢、性別、肥満度や身体活動の影響を調整しても維持されていました。





この研究からわかること
今回の研究結果より、αリノレン酸を多く摂取するとインスリン抵抗性が改善する可能性が示唆されます。
αリノレン酸が腸管に作用してインクレチンというインスリン抵抗性を改善する物質を分泌させるとか、αリノレン酸が肝臓や筋肉に作用して、それらの臓器における脂肪の酸化・分解を促進するようなメカニズムが考えられています。

さて、ではαリノレン酸は、たくさん摂取すれば、するほどいいのでしょうか。
第一に、今回の検討は2章「喫煙と糖尿病」で紹介した研究同様、横断研究であり、因果関係を特定したものでは必ずしもないことに注意をする必要があるでしょう。
また、仮にαリノレン酸の摂取量の多寡が原因となって、個人のインスリン抵抗性が影響されることがはっきりしたとしても、脂肪酸はエネルギー価が高く、摂り過ぎは有害となる可能性もあります。したがって、摂取する脂肪や油を動物性のものから植物性のものに置き換えることでインスリン抵抗性が改善すると解釈するのが妥当でしょう。

日本人の食生活は欧米化が進み、肉類やバターなどに多く含まれる動物性脂肪(飽和脂肪酸)の摂取量が増え、このことが心筋梗塞や動脈硬化の発症と関連しているという報告もあります。
本研究では、植物油に多く含まれるαリノレン酸がインスリン抵抗性の低下と関連しているという結果が得られましたが、これは従来の日本食、すなわち魚や野菜を中心とした食事が健康的であると言われる理由の一つを示しているのかもしれません。(村松崇)


[書誌情報]
Muramatsu T, Yatsuya H, Toyoshima H, Sasaki S, Li Y, Otsuka R, Wada K, Hotta Y, Mitsuhashi H, Matsushita K, Murohara T, Tamakoshi K.  Higher dietary intake of alpha-linolenic: acid is associated with lower insulin resistance in middle-aged Japanese.  Prev Med. 2010; 50(5-6): 272-6.

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